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個人的なお話になりますが。①  

今日は個人的なお話になります。

このブログに載せるか悩んだんですが、書かせてもらいます。
そして長いです。


七色蝶々のお話ではないので、閉じます。





























21日、15時半頃、母が他界しました。



母の病気が発覚したのは去年の10月の終わりでした。
幼稚園のバザーの直前。


もともと体調がよくなかったのですが、夏ごろから胃の調子が悪く、下痢もひどくて
急激に痩せて。

病院に最初に行ったときは十二指腸潰瘍と胃の炎症って言われたのかな。
でも投薬しても一向に良くなる気配もなく。
別の病院に行ったところで、大きな病院へ行くように言われたそうです。


母は癌かもしれない、と電話をしてきました。
その時はまだ電話を聞いただけで詳細が分からなかったんですが、
その次電話がかかってきたときに、母から病院の先生へ電話が変わり、
今日中にお話ししたいので来てほしい、そして母の入院が決まりました。

母のもとにはロッキーというワンコがいたので、入院にあたってうちで預かるため
車で母のいる病院へ向かい、到着したのは夜。
そこで先に先生にお話を聞きました。


母の病名はすい臓がんでした。



詳しい検査をするにも、まっすぐ寝ることもできず、痛みもひどいので
入院してまず痛みをとって、詳しい検査をしましょう、と言われました。


ただ、血液検査の数値からあまりよくない状況だとも聞きました。


母の腫瘍マーカーの数値は恐ろしいくらいの値になっていました。
恐らく手術はできないだろう、と言われました。



そして、その後久しぶりに会った母は小さくなっていました。
前に会った時よりおそらく15キロくらい減っていたんだと思います。
ガリガリの姿に驚きを隠せませんでした。





そして、1週間ほどしたのち、痛みも薬によって抑えられ、通院治療が可能とのことで
退院となりました。




11月の頭に詳しい検査の結果を聞きに、私たち夫婦と、姉夫婦、母で病院へ行きました。
母のすい臓には約6センチの癌ができており、リンパへもおそらく転移しているのではないか、
とのことでした。

手術は不可能、抗がん剤による治療を施したとしても、年単位ではなく月単位の余命になるだろう。
治療をするか、それとも痛みを取りつつ治療をせず生活していくか。


母は治療をしないことを選択しました。



それが、娘が産まれる何日か前のことです。

母は娘が産まれるって時にごめんね、と言いました。



私と母は正直仲が良かったとは言えません。

この現実を突き付けられたときに取り乱せない自分は冷たい人間なのだろうかと思ってしまいました。
ソラが重病かもしれないと聞いた時にはあんなに取り乱して泣いたのに。
なぜ母がもう助からないと聞いても泣けないのか。

しばらくはそればっかり考えました。






娘が産まれた後は娘にかかりっきりになってしまい、たまに姉や母から連絡をもらって状況を
聞くくらいでした。


母は痛み止めがモルヒネのような麻薬成分の入っている薬になり、食事もとれないため
処方される栄養ドリンクを飲んでいました。
それでも下痢が止まらず、夜も眠れない、そんな話を聞いていました。



癌という話を聞いて、叔父や叔母が母に会いに来てくれました。
きっと叔父や叔母も母の変わりように動揺したと思います。


そして、今月の頭にやっと母に会いに行けました。
叔母が会いに来るということで、姉と息子と娘を連れて。




母が娘に会ったのはそれが最初で最後になりました。





母は娘を抱っこできましたが、体力も低下していて長くは抱っこできませんでした。
でも、顔を見せれてよかった…と思っていたのです。



そして、水曜日。体調が悪かった母はその日に病院の予定で、入院させてもらうと話していました。
なので、ロッキーをまた預かってほしいのと、役所に行ったりしたいから主人に車を出して欲しいとのことで
11時に病院に集合という約束で病院へ行きました。



でも、母は来ていませんでした。
一応受付にも確認してみましたが来てなくて。



朝送ったメールも返ってきてない。


電話も出ない。




嫌な予感がしたので家に行って、鍵を開けて入ったら、母は起きて着替えようとしていました。


あぁ、体調が悪いからゆっくりしか動けないのかなと近寄って声をかけました。


でも、母と会話がまったくかみ合わず、洋服も着ようとしているのか、脱ごうとしているのか
まったくわからなくて。

唯一聞き取れたのは




「ご飯食べなきゃ~温かいご飯が食べたい」




でした。

もうずっと温かいご飯なんて食べれてなかっただろうに。
ずっと栄養ドリンクしか飲めてなかっただろうに。


下には主人が車で待機していましたが、救急車を呼ぶことにしました。
母は体を起こしてくれ、おなかが痛い、背中が痛いと訴えていました。



救急車で病院へ行って、すぐ主治医の先生から説明がありました。

もうすい臓が限界を迎えている、ご家族を呼んでください。とのことでした。
こんなことになるとは思ってなくて、息子も娘も連れて行ったのですが、
看護士さんから、お子さんは預けられたら預けてきたほうがいいですよと言われ、
あわてて主人の実家へ連れて行きました。


仕事に行っていた姉と姉の旦那さんを呼び、全員そろったのは夕方近くのことです。



痛みが強く、腹水もたまり母のおなかは大きくなっていました。
栄養が取れていないため、低血糖になっていて脱水もひどい。
そして腎臓がほとんど機能していないとのことでした。

もう数日中に急変するかもしれないと言われました。

心臓や呼吸が止まった際に延命治療をしないという決断をしました。


母は意識がもうろうとしていて、会話もほとんどできない状態でしたが、
起きていたほうが楽なのか体を起こしてくれと頼んでいました。
いろんな点滴やら管がついていたので、あんまり暴れるようなら手足を固定しますと
いう話もありました。



いつ、何があってもすぐ駆けつけられるように姉と私は二人で母の家に泊まることになりました。
母が自分が死んだあとのことは手紙に書いてあると言っていたので探して涙したり。




どうなるか、はっきり言われない分、不安が強かったです。





そして、木曜日。
15時の面会時間に行く予定だったんですが、午前中に病院から電話が。
血圧、呼吸ともに低下しているので来てください。とのことでした。





到着した時、母はもう意識はありませんでした。
朝は意識があり動いていたそうですが、急に容体が悪くなったとのことで、
会わせたい人がいたら呼んでください。と言われました。

叔母が九州からこちらへ向かっていると伝えました。




そして座って。


母の顔を見て。





癌が発覚して以来、いや、もうそれよりずっと前からかもしれませんが。






母の前で久しぶりに泣きました。






もう母は苦しそうに浅い呼吸をするのみでした。



モニターばかり見ていました。




14時を過ぎたころからモニターが警告音を発し始めました。

解除してもアラームが鳴り、心拍が安定しなくなり、看護士さんによると拍動もちゃんとできていないとのことでした。
九州から飛行機で向かってきている叔母からの連絡はまだなく。

間に合うか不安でした。




そして、15時半ごろ。



心拍がどんどん弱くなり、血圧も上が60、下が20になっていました。
動きがまっすぐな部分も出てきたと思った瞬間、動きを示す山が現れなくなりました。




母は大きくはーーーーっと息を吐いたような気がしました。




心臓が動かなくなり、その後ゆっくりだった呼吸も止まり。


最後に母に呼びかけました。




その後、主治医の先生が来られ、死亡宣告を受けました。






叔母は間に合いませんでした。









その後は各方面に電話せねばならず、姉も私も電話で話すたびに泣いては落ち着いてを繰り返し。


母が葬儀場に連れて行かれる直前に主人が間に合い。




今日は自宅に帰ってきました。


明日は息子を休ませようかと思ったのですが、卒園コンサートというイベントがあり、
主人にお願いし、明日は行かせることにしました。

私は手続きをしに姉とまた色々動かなければなりません。

何をやらなければならないのか、調べたりしなきゃいけません。
家もちらかり放題になってます。



やらなきゃ。




気を張ってなきゃ崩れ落ちちゃいそうですが…。

頑張ります。



とりあえず洗濯物干してきます。






支離滅裂だし、結局なに言いたいかまったくわからないですね、すみません…




落ち着くまでは時間がかかるかもしれませんが、体調だけは気を付けようと思います。

気持ちが落ち着いたらまた戻ってきます!!!


最後、母を看取ることができてよかった。
ただただそれだけです。




長文、乱文すみません。



最後まで見てくださってありがとうございました。
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2013/02/22 07:49 | edit

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2013/02/22 09:53 | edit

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2013/02/22 22:26 | edit

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2013/02/23 14:56 | edit

初めまして、ずっと読み逃げしていました^^;

大変でしたね、お疲れ様でした。
あたしは祖父母もいるので、自分の事のように読ませていただきました。
色んな手続き等でしばらく大変でしょうし、家の事もしなきゃいけないしで、精神的にも体力的にもお辛いでしょうが、体調崩されないようご自愛下さい><
お母様のご冥福をお祈りします。。。

のっぺanko #- | URL
2013/02/25 22:13 | edit

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2013/02/27 16:06 | edit

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2013/03/05 10:52 | edit

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2013/03/15 09:29 | edit

☆☆鍵コメの皆様☆☆

たくさん、たくさんのお言葉、一つ一つ読みました。
涙なしでは読めず、お返事すらもできずすみません…。

今は手続きや日々の生活でいっぱいいっぱいに
なりながら、悲しむ暇もなく生活していますが
それでもたまにフラッシュバックしては気持ちが沈んだりしています。

少しずつ、少しずつ前を向いて進んでいけたらいいなと思っています。

ありがとうございました。

あやっぺ #- | URL
2013/03/15 12:13 | edit

☆☆のっぺankoさん☆☆

コメントありがとうございます。
私もいつも読み逃げしちゃっててすみません。

自分の親がこんなにあっという間に逝ってしまうとはまったく思ってもみなくて。
だからといって、泣き腫らしている、というわけでもなく…。
今はまだ気が張っているのかもしれません。

全部終わったらいきなりがつーんとこないように気を付けます。
ありがとうございました。

コメントしにいきますね~。

あやっぺ #- | URL
2013/03/15 12:16 | edit

いつも読んでいました

今、初めてコメントできることを知りました。

何も気の利いた言葉は見つかりませんが、どうかご自身のお身体をご自愛ください。

ママはまだまだ元気でいなければ!

もうすぐ入学ですね。

ベビちゃんもすくすく成長しているのでしょうね。

焦らずゆっくり日常を取り戻してくださいね。

お母さまのご冥福をお祈り申し上げます。

ネイルサロンSORA #- | URL
2013/03/25 15:27 | edit

☆☆ネイルサロンSORAさん☆☆

コメント遅れてすみません~。

気持ちもだいぶ落ち着き、今まで通りの生活が
送れている気がします。
それでもやはりたまに落ち込んだりもあるんですけどね。

落ち込んでばかりもいられないので、
なんとか踏ん張っています。

娘もすくすくと育っています。
もう少し大きくなったらまたネイルお願いしますね☆

あやっぺ #- | URL
2013/04/25 13:26 | edit

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